2022-09-30 制作日

朝、ちょっとした用事を済ませて仕掛かり中の制作を再開する。イラストは概ね完成していたので、文字入れとタイトル、それから塗りの甘い部分を埋める作業を行う。午後には3週間にわたって作業をしてきた作品がなんとか完成させた。

今回の制作では 情報整理に時間を取られハマってしまった。つい深くリサーチをしてしまう。必要な情報を簡潔に軽やかにまとめるのもデザインの要点で、つい余計な情報まで足を突っ込んでしまうのは年を重ねたことによるムダな作法なのかもしれない。

ごちゃごちゃっとしたイラストと文字も組み合わせも悪くない。イラストだけだと観る要素が中心となり、記憶のどこかに置かれてしまう。読むことにより言語を介して記憶することで、情報がラベルのついたストックとして保管される。それは自分と鑑賞する者によるそれぞれ違う視点からの記録作業としてとても必要なことなのだろう。

PCを使って資料を印刷してファイリングする。ふと、ブラウザを操作すると円楽さんが亡くなった記事が目に入ってきた。笑点は好きな番組で楽太郎の頃からシンボル的な存在だったあのブラックジョークが聞けなくなるのは寂しい。ここのとこ、要人の訃報が続き、そうでなくてもその手の情報がなぜかアンテナに引っかかる。世が陰鬱な情報を流しているのか、それとも自身がそこに惹きつけられているのか。

2022-09-26 自宅作業

 朝から制作意欲がムクムクと湧き起こってしまったので、仕事をさておき、すっかりハマってるイラスト制作に励む。絵と構成のエスキースを一通り描き切って着色に入る。前回はサインペンの墨を滲ませて失敗するという致命的な失敗を犯したこともあり色鉛筆をチョイスして何本か色出しをしたけれど何ともテイストが合わない。サインペンのビビットなタッチで昔の木版的な色感を出したいんだよなぁと。とりあえず墨は危険なので鉛筆の下書きをままに着彩作業を淡々と進める。

 遠い記憶を掘り起こす行為自体は時々、無意識的にやっているけれど、取り出して意識下に残そうとするならば、それは整理され加工された幻想に違いない。見たくないものにはそれこそ無意識的に蓋をし無意識の奥深くに埋めてしまう。記憶は整理され、創られるもの。もし本当に記憶の顕在化をしたいならば、その闇に光をあて持てる体力を余すことなく使って刮目しなければ。

2022-09-19 夜作業

 MAUの制作作業の下準備でオープンデータを調査する。最近はDXやらデジタル化やらですっかり耳にしなくなった言葉。世のAPI利用はどんどん利用用途が広範且つ深化しているというのに。とりあえず行政関連、ネット系サービス、プラットフォームのオープンAPIを中心に対象範囲を絞り込んで調査を進めることにする。コロナで脚光を浴びたデータトラッキング・ダッシュボードの応用でも考えて見ようか。どちらかというと課題発掘にフォーカスを当てた、データビジュアライゼーションを考えたい。

 デザイン系の課題がやや停滞気味。〆切が明確にない時、完成の目処をどこでつけようか。自身の納得感との折り合いがなかなかつかない日々が続いている。

2022-09-14 夜作業

 午前中、MAUの課題を作成。今日中に終わらせるぞと軽快に水彩ペンでの作業を進める。焦っていたのが裏目に出てしまったのか、濃い色を滲ませ作品を台無しに。2日分の作業が吹っ飛んでしまい、徒労感に打ちのめされる。デザインの過程で配色のマズさも気になっていたので、やり直すきっかけだと自分に言い聞かせやり場のない感情を諌めようとする。焦るばかりで時間が過ぎていく取り残された感覚。

2022-09-03 手書き作業

 MAUの課題に取り組むため、家に引きこもって作業を進める。人生に焦点を当て、興味の変遷をグラフィックレコードを使って表現する課題だが、既に記憶にないことも多く、過去の情報整理に随分手間取る。人生悲喜交々、爆発しそうな大量の記憶があるけれど、整理してまとめようとすると結局は一般的なテーマに収斂していく。

 制作の過程で双六を見つけたので、ビジュアライズのフォーマットにする。そういえば、先日見た葛飾北斎の展示でも双六を見かけたことを思い出す。富嶽三十六景じゃないけれど、コレクション的な作風にあるからか、双六と北斎の作風の親和性は高い気がする。現代的なボードゲーム的な作品よりビジュアルで統一感を持たせた絵も面白いかもしれない。

2022-08-29 瀬戸内

 3日間の瀬戸内芸術祭の最終日は小豆島へ赴く。小学校の修学旅行以来、数十年ぶりの来島だったが、まず思い出したのは深く記憶に刻まれた大事件だった(他人事ながらあまりの衝撃だった)。島の心象風景と時を経て目にする現実に大きな違いがないことに違和感を覚えるが、よく見るとやや寂れた雰囲気もある。やはり、島も年老いる。

 小豆島ではバス移動で多くの時間を使ってしまった。月曜なのにそこそこの芸術フリークがバスに乗り込み、住民を追い出すかの如く空間を占有している。お目当てのジョルジュ・ルース作品を見たついでに醤の郷現代美術館に立ち寄る。男木島ですっかり感銘を受けた大岩オスカールの作品を思いがけず目にすることができた。時間に追われ、いくつかの展示を横目に早々にフェリー乗り場へ向かう。

 女木島、男木島、直島、小豆島。それなりにお目当てを目にすることができたので充実感を感じる。人生のわずかな時間を共にした人達の作品を目にし、懐かしさと同時に(勝手ながら)誇りに思えることもあり、知らなかった作家との新しい出会いもあり。