• (無題)

    Blenderでのデータプロットについての作業を進める。仮にデータをXYZとした場合、一つの事象に関する変化であればそのデータの特性だが、類似した異なるデータとした場合はそのデータでは見えない事象が形として立ち上がる。また全く関係のないデータだとした場合、何かデータマイニングのような探索的なアプローチにならないか。

    その場合も、脈絡がないわけではない。ある地域の地表温度が上がった時、その地域のその他の事象、洪水、海面上昇、旱魃との連動性は何らかの形で発生するだろう。単なる自然現象だけでなく、そこに介在する人の動きも関連してくるのではないか。

    データのレイヤーは揃える方がわかりやすい、時間、空間、場、関係性。一つのストリングを元にデータをプロットしてみる。そこに生まれるデータには相関関係や抜け落ちた空間が生まれてこないか。ストリングを何にするのかは大事。これがある意味テーマとも言える。時間地図では距離がストリングだった。それにより2Dのシェイプが実は歪んだ形であったことがわかる。データの中心軸を何にすべきか。

    事象を並列に並べてみる。あるいは並列に存在する事象をデータ化する。一つの事象に対するxyzだと平面的なシェイプになりがち。ワイヤーフレームで見ると複雑な動きが面として合わられるが、そのままだと刀のような形状となる。一旦XYZが揃えて点群データと面データの空間データにリ・フォーマットする。それをBlenderに読み込ませることで面が正しく取れないだろうか。

  • (無題)

    データの物理的表現をData Physicalizationと呼ぶのはなく、何か情報を彫刻や壁画のようなに表現した全ての痕跡についてそう表現するらしい。現代的な意味でのデータ、定量的、ニュメリックルな情報を物理化する定義では、一般に認知されているとは言い難い。野心的な取り組みとしてinfo sculptureなど新たなジャンルとしてコンセプトメイクしているケースは存在している。

    物理的表現が良いのは単に3次元で立体造形であることじゃない。メタバース上の立体物は脳的な興奮、何かすごいものを見たという知覚はあっても生理的反応はあまりない。もちろんハプティクスのような技術で擬似的に視覚以外の情報を取り入れることはできるのだが、それはそれとして目的を持って断片化された感覚でしかなく、それを体験する側はそのことを知っている。対して、例えばあまりに凶暴なものや未知のものに遭遇した時の血の気が引く感覚、一見普通に見えるがただ歩いているだけで近寄りが高いオーラを発する人、とてつもなく大きいと感じた時に途方に暮れる感覚。ある種の新しいものに対するセンソリーな体験に人間のコミュニケーションの本質が見えないか。それがこれまで人類を繁栄させてきた自己複製子の力ではないか。

    それはデザインできるものなのか。その構成要素とは何だろう。第6感のようなものをすぐに思いつくが、それが脳の解釈によるものなのか感覚からくるものなのかによって大きくアプローチは異なる。可能ならば感覚、センサーから考えたい。多面的なファクトの集合体を作成し、少し引いた目で見たときにそのテクスチャに現れるものは何か言語化がし難い、異様で妖艶なものとして感性的に表眼につながる期待がある。

  • (無題)

    大事な2回目のスクーリングにて。やるべきことは昨年から変わらないが、やや行き詰まり。Howから考える限界がある。

    Data Physicalizationは目新しいものではない。しかし、何か確立されたジャンルでもない。どうしても平面的に捉えがちなデータを立体的に視覚化するか。何かの痕跡はデータでもある。それらの積層を形にしてみる方向性もある。

    どんなデータがあるのか。個人的なデータもあるが、ビッグデータも考える。直感的にはデータ自体が面白くないと、立ち上がるビジュアルも面白くないのでは。本来掛け合わせることのないデータを掛け合わせると、面白くないデータが急に面白くなる。

    それもデータビジュアライゼーションだと言える。

    まずは対象を明確にして、適切なデータを集めてみる。メタファーとしての痕跡を集めてみる。そしてデザイン的な抽象と複雑性のバランスを考えてみる。