日曜から水曜にかけて瀬戸内芸術祭の秋期間に出掛ける。丁度旅行支援が始まったせいか、夏期間より人出が多い。レンタサイクルも行列で全く並ぶ気がしなかったので、さっさとバス周遊チケットを買って笠原地区に向かう。この島の作品は、島文化に着目した作品が多い。
特に印象に残ったのは古郡弘氏の『産屋から、殯屋から』、タイの作家DDMY STUDIOによる「遠くからの音」。似たテーマをモチーフとしているが、受け取る感覚の違いが面白い。古郡氏の作品はどこか不気味さを纏う近寄り難いオーラを発するが、その「島の空気感」に共感覚を覚えるのは日本人としての文化的背景からくるものだろうか。タイの若い作家チームもどこか懐かしいテーマを提示する。鈴虫の奏でるハーモニーを模したような、田舎の畦道で聞いた懐かしい音の記憶。アジア的な優しさが想起される。機械になることで害虫ではなくなった虫の音は、現代社会で失われたもの。この島にあるし、チェンマイにもあるのかもしれない。
月曜、瀬戸大橋を渡って犬島へ向かう。メイン会場的な位置付けの犬島精錬所美術館は最初の作品が面白い。緊張と不安からその答えがわかった瞬間の開放感。人間の生理的現象からくる不安感が個人的には作品理解と直結してるように思えた。家プロジェクトや植物園を見て、「犬」の個人プロジェクトもしっかり撮影して岡山の宿に戻る。
火曜、岡山芸術交流に出かける。池田亮司の作品が目当てだったのだが、なんと夜だけ(考えてみれば広場のビジュアル作品なので当たり前なのだが、、)なので断念。一部作品は岡山県天神山文化プラザで見られたので堪能する。スタイリッシュでカッコイイ作品。デジタルの先端的イメージが全面に押し出されていて、SF映画作品なんかで見るような動きが見事に表現されている。データソースはわからないが、それが作品にどう影響しているのだろうか。ビジュアルの動きから想起されるものは、何か具体的な意味を持つ必要があるのだろうか。そうなれば、作品として面白いものになるのだろうか。
水曜、帰り道に丸亀の現代美術館に立ち寄る。猪熊弦一郎や鈴木理策、特別展として展示していた今井俊介の作品を見物。うどんの中村と綿屋をハシゴして帰途に着く。