2023-8-9

効率の良い一日。夕方にはそれに疲れて自ずとフォームが崩れ始める。生活というのは有機的で大体どこかで怠惰な自分が出てくるものだ。

サービスデザインの資料やらワイヤーフレームでのプロトタイピングに時間を費やす。そこがゴールではないのに!机の周りには色んな刺激や好奇心に溢れているが、肝心の生身はそれらをうまく使いこなせていない。

2023-8-1

ありふれた昼下がりに突如の雷鳴。うだるような暑さが続いていた毎日に嫌気がさしていたのだが、ここまで極端な夕立(実際には昼のスコールに近い)も歓迎したくない。

少し残っていたワークショップ用資料の仕上げ作業を粛々と進める。雑用に追われ途切れ途切れとなった作業の痕跡をパッチワークするかのように埋めていく。最初のアウトプットを準備するときはどんなに経験を積んでも大変な作業に思える。

精読している科学論の展開にも手を付ける。相変わらず言い回しが難しく、理解する為に思考が堂々巡りしている。ともかく、帰納的推論は尤もらしく説明することが得意だが、科学的証明を完全に行うには不十分であり、その信頼性には注意を払う必要があるというところまで読み進める。

2023-1-1 元旦

新年明けましておめでとう。

昨年の振り返りなど、ジメジメした内省事はもうやめておこう。今年はアウトプットの年となるように。ただ、好きの輪郭をなぞり、嫌いを墨でつぶしていく。

迷わず突き進もう。やがて砕けた氷のように、それは跡形もなく消えてしまう。

納得いこうがいくまいが、その時点の精一杯が次への出発点になるのだと。

あと364日もある。

2022-12-23

「起こり得ないこと」とは、ある日突然目の前に現れることで初めて認識される。南国高知の平野部に雪が積もることは、そうそう起こり得ることじゃない。 

ここ数日は色んな作業が停滞気味。7、8割完成したらリセットされる。制作活動とは大体そういうものなのかもしれない。一度違うと感じたら、また思考のループへと戻っていく。元の形を思い出せないほど絡み合った途中成果の重みでがんじがらめとなり、息も継げないほどの深みへと沈んでいく。

「ループ」と言えば、最近手にしたドミニクチェン氏の「電脳のレギリオ」が面白かった。環世界に興味を持って色々調べてたら辿り着いた一冊で、デジタル時代の人と、取り巻く情報技術との関係性をテーマとして扱っている。

宗教の語源であるレリギオは「再び結ぶ」という意味。かつて人と社会を結びつける装置であった宗教の概念やその特権的儀式を通じた社会形成の機能に着目し、情報を軸にその概念を再構築することで、人と情報技術の新しい関係性を模索する。情報は「生命的な存在」となり、人の持つ感性を情報技術を通じて表現することが叶うならば、デジタルとリアルの世界は違和感なく融合する。ウィーナーが提唱したサイバネティクスの追求する世界が「機械の人間化」だとすれば、その目指す理想形なのかもしれない。

身体とは根源的なメディアという事実は改めて気づかされた。「今目の前に存在している世界、自分という感覚は、自分の身体とこれまで蓄積されてきた経験によって作られる」。機械に環世界があるとしたら、どんな風だろう。身体性の獲得は強いAIの議論で必ず出てくるテーマだが、AIが人体と同様の身体を持てば、自分という感覚が持てるのだろうか。自分と世界の距離感を認識できるなら、表現がなされるものに人と機械の区別はあるのだろうか。

情報の量的変化と質的変化、考える深度、媒介することと伝達すること。メディアをデザインする為の重要な要素だと思う。

2022-11-23 制作日

ついにAPIの作品が完成。多少妥協したものの、現時点ではベストな出来だと思う。

技術面はともかく、見せ方工夫は思いのほか上手くいった。決して誤魔化しではない。見える為の技術に秀でているだけ。

2022-11-20 制作

朝早めにアトリエに到着して制作の続きに入る。100均で買い足した材料を使って最終調整するが、材料費をケチったことが裏目に出てアクリル板の長さが足りないことに気づく。コンセプトの説明に終始するよう腹を固める。評価はほぼ想定通りの結果となった。他の作品の展示の工夫や見せ方など参考になるものもあり、気づきの多い午後を過ごす。

夕方、上北沢にある旧知の知人宅を向かいゆったりとした時間を過ごす。取り巻く環境や風体はそれぞれ変化したものの、会話の端々から滲み出る言霊はほとんど変わらないものだ。ある程度の年齢になったら人はそのまま歳を重ねる。

2022-11-19 制作日

朝から吉祥寺に向かいオモチャ制作に取り掛かる。水がお題ということで「カモリウム」、鴨が水に潜った時に見える視界を再現するようなプラネタリウムを考案。

実際試作してみると、想定以上に難易度が高いことが分かる。天井にプロジェクターで水面を表現するインスタレーションなのだが、プロジェクターの画角による光の拡散具合が単焦点だと思った以上に狭い。あとポイントとして、間に挟むアクリル版のフィルターとプロジェクターレンズとの距離、透過させる素材の選び方、水による光のデフューズなど、作品成否に関わる課題が次々と発覚しパニックになる。精密な設計がないと先に進めなさそうだが、〆切までには時間も足りない。

素材選択が難しい。一般に売られている青いセロファンは意外と色が濃くて、光の拡散具合が減衰してしまう。色がなくても水の波紋や光の動きで十分水は感じられている。

色で言うと隣の方から色付きガラスをお借りして使ってみると中々調子良い光になったので合わせ技で使うことにする。鴨は紫外線を色覚できるので、僅かな色でも輝いて見えるに違いない。時々光の中に現れる暖色の光が陽の光を想起させる。プリズムも買っておけばよかったと後悔。

設置環境も課題だった。投射面に模様があったので、映像をそれに合わせる工夫も事前に知っておけばできたのかも。ただ大きく広がる面白さも捨て難いので、ここはひょっとしたらフィルターがわの表現を簡素化して水の形を整理してデザインすることで違った表現ができた部分かもしれない。

とにかく、時間いっぱい使い切って夕方にはヘトヘトになって帰途についた。

2022-11-13 メディアリサーチ

朝からメディア論のレクチャーに出席。メディアの捉え方、Knolling、アフォーダンス、発明ということについて。午後はフィールドワークで観察とコンセプトメイキング作業を行う。何も考えてなくてもジッと見続けること。ある種のセレンティビティがおこる瞬間がある。でもアイデアはいつも途切れそうなほど微細なもの。逃さない為には瞬間的に消えるので注意深く構えておく必要はある。

2022-10-16 制作

連休を跨いで取り組むこととなった、データビジュアライゼーションの制作作業が終わる。今回はSQLのデータ加工にハマり、SQLiteのクセやjarファイルでの不具合など、セッティング部分の躓き、ビュー作成により複雑肥大化したDBの紐解き作業に苦戦することなった。グーグル地図で道路に沿って円を描きながら緯度経度を取得するアイデアや、アナログだけど有用なデータ加工手法など現場の知恵が冴えるU氏には感謝しかない。Processingは簡単なものだったが、コーディング作業はまだまだで、焦りと無力感が一気に押し寄せる徒労の週末を過ごすことになった。

何よりの報酬は作品に対する一定の評価。目指す到達点には至らないが、モノクロ表現でのストリートマップもスタイリッシュ且つカッコイイ。制作途中にもバリエーション展開のアイデアがいくつか浮かんだので、これを1.0として作品をブラッシュアップしていきたい。『Papillon à Ginza』ととりあえず名付けよう。

データ可視性なのか、アート表現の完成度を目指すべきかについては、結局明確な回答が見出せていない。全てはその中間にあり、提示した創作物がデザインかアートという問い。そこに何か他者に行動変容を促すものであるならば、それはデザインに近い創作物かもしれない。

データビジュアライゼーションの場合、デザインであれアートであれ同じ「意味を含有する素材」に基づいている。画材や鉱物などの素材、現代ではコンピュータグラフィックス等のよる創作物は、素材を直感的に利用するが、その意味を吟味したりしないものだ。(例えば木材の表面や木目は気にするかもしれないが、それ自体の意味については考えることはない)データを単なる素材と見立てるケースはさておき、そのデータに含まれる事象からビジュアル表現を制作する試みは、概ねデータビジュアライゼーションの定義の範疇に収まる。その場合、一定の可読性は必要なのだろう。

DBのビジュアル表現はAPIと組み合わせると際限なく広がるポテンシャルがある。商用DBで作られたデータのビジュアル表現も面白そうだ。SAPやORACLEあたりで膨大に構築されているデータをアート表現すれば、何か見たことのない世界が見えたりしないだろうか。

2022-10-10 制作日:サービスデザイン

連休を使って開催されたサービスデザインの講義に出席する。ワークショップ形式でSociety5.0に関するサービスデザインのコンセプトを練る課題に3日間取り組む。紹介されたデザイン思考のフレームワークや進め方は特に目新しいわけではないが、実際に体感してみると、中々気づきの多い分野でもある。

デザイン思考はもはや一般化しつつあり、色んな文脈でデザインが扱われている。実際、この分野も研究歴はまだ浅くその領域は徐々に広がっているらしい。デザインの対象は実は様々で、単に何かの問題解決や仕組みをデザイン的に解決するということ以上の守備範囲がある。将来の方向性、社会的な潮流、人の心の動きでさえデザインの対象となってくる。

個人的な気づきとしては、特にクリエイティブクエスチョンを導き出す際のセンスってとても重要だと感じた。バズワードや既視感のある概念から新しいアイデアは生まれづらくて、よくあるものだけど、視座をわずかにずらすことで良いアイデアが生まれたりする。複雑に考えず、引き算で絞る思考って改めて苦手なんだなあと改めて認識。

サービスデザインは一度まとめておきたいなぁ。